ウクライナ刺繍
ウクライナの刺繍は、織物、絨毯織り、陶芸、木彫り、イースターエッグ(プィサンカ)作りと並ぶ、ウクライナ文化を象徴する民俗芸術の一つです。古くから受け継がれてきたこの伝統は、単なる装飾ではなく、民族の誇りと歴史を映し出す貴重な文化遺産です。

「ヴィシヴァンカ(Вишиванка)」とは、ウクライナの民族衣装に施された伝統的な刺繍のことを指します。語源はウクライナ語の「ヴィシヴァティ(вишивати)=刺繍する」に由来し、ウクライナのアイデンティティを象徴する重要な要素です。現代では、特別な祝祭日や文化イベントで着用され、ウクライナ人にとって欠かせない衣装となっています。
「ルシヌィク(Рушник)」は、ウクライナの伝統的な儀式用タオルです。幅約33センチ、長さ約2メートルの布の両端に刺繡が施され、誕生、洗礼、結婚、祭礼など、人生の重要な場面で用いられる神聖な布とされています。かつて、花嫁は自身の「ルシヌィク」を刺繡し、結婚の際に持参する伝統があり、また家族の遺産として代々受け継がれる特別な意味を持っています。
時代を超えて受け継がれる伝統
ウクライナの刺繍文化は、旧石器時代の終わり頃に形成され、何千年もの時を経て今もなお、その伝統が守られています。19世紀半ば以降、産業や都市文化の発展により、一部の刺繍デザインには新しい要素が加わりましたが、ウクライナの伝統刺繍は今も変わらぬ美しさを保ち続けています。

ウクライナ刺繍の豊かな象徴
ウクライナの刺繍には、生命や自然、幸福、繁栄を願う多くのシンボルが込められています。すべての模様には意味があり、単なる装飾ではなく、守護や願いを込めたメッセージが込められています。
幾何学模様の象徴
- 直線:大地
- ジグザグ線:水と永遠
- 波線:雨
- 三角形:山
- 十字:太陽・火・永遠の命を象徴し、悪から守る護符
- 円:太陽
- 四角:豊穣の象徴
- 菱形:女性・母性
- 蛇行模様:水・永遠・昼と夜の循環
植物・動物のモチーフ
- カリーナ(ガマズミ):家族の不滅と美しさの象徴
- ドングリの木:太陽神「ペルン」のシンボル、生命の象徴
- ブドウ・ポピー・バラ:豊穣、繁栄、愛
- 「生命の木」:世界の調和、過去・現在・未来の繋がりを表す最も古い模様の一つ
地域ごとの特徴ある刺繍
ウクライナ刺繍は地域ごとに異なる特徴を持ちます。
- 西部(ブコヴィナ・フツル地方):外部文化の影響をほとんど受けず、古代の幾何学模様がそのまま残る
- 中央部:バラやブドウなどの植物模様が多用され、色彩豊か
- 東部:大胆でコントラストの強いデザイン
- ポルタヴァ地方:白を基調とした繊細な刺繍が特徴

ウクライナ刺繍の技法と色彩
ウクライナの刺繍には100種類以上の技法が存在し、一つの作品に10〜15種類の刺繍技法が組み合わされることも珍しくありません。クロスステッチ等も多く用いられますが、他にも様々な技法が受け継がれています。
色彩も地域ごとに異なり、最も一般的な色は「赤と黒」。地域によっては青や緑などの色も用いられ、独自の美しさを持っています。

ウクライナ刺繍の復興と日本との交流
ウクライナ刺繍の魅力を広めるプロジェクトの一つに、「ウクライナ刺繍地図」 があります。このプロジェクトでは、26名のウクライナ人と日本人が、ウクライナの各州を刺繍し、一つの地図として縫い合わせました。この作品には、ウクライナの平和を願い、日本との友好関係が末永く続くようにという想いが込められています。
ウクライナ刺繡「ルシヌィク」プロジェクトでは、日本人、在日ウクライナ人、ウクライナ避難者の21名が参加し、計22枚の「ルシヌィク」を制作しました。このプロジェクトでは、100年以上前の博物館所蔵の作品を参考に、伝統的な技法や配色を忠実に再現しています。各作品は、色彩やステッチが異なり、日本初のウクライナ刺繡「ルシヌィク」展として特別な価値を持つものです。
ウクライナ刺繍を通して文化を感じる
ウクライナの刺繍は単なる手工芸ではなく、民族のアイデンティティを象徴し、歴史と文化を語るものです。その美しさと奥深い意味を知ることで、日本の皆さまにもウクライナ文化の魅力を感じていただけることでしょう。
私たちは、この伝統的な芸術を未来へと受け継ぎながら、日本の皆さまと共にウクライナ文化を楽しむ機会を広げていきたいと考えています。
